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自作小説「影絵」の原稿置き場です。 ※未熟ではありますが著作権を放棄しておりません。 著作権に関わる行為は固くお断り致します。 どうぞよろしくお願い致します。
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二、

それはまた別の時間の物語。閑話。

数年前と比べれば、驚くほど体つきが大人に近づいた青年は、川の水で頭ごと乱暴に洗う。髪の毛から滴る冷たい水を気にも留めず、青年は揺れる水面に映る自分の姿をじっと睨みつけた。
成長が止まっていたはずの自分の体は、確実に少しずつ、止まった時を取り戻すかのように今更人並みの時間を歩み始めていた。そしてそれは、青年にとってはとても残酷なことだった。
自分は老いることはない。時が動き出すことはない。だからこそ待てると思ったのだ。彼女を待っていてやれると信じられた。だからあの時、別れの言葉を告げないで済んだ。もしいつか、先に自分が逝くならば、それでもあの時別れを告げなくてよかったと思えるのだろうか。
わかっている。大嫌いだった。いけすかなかった。それなのにいつしか心が惹かれるようになって、そうして自分の時間は動き出してしまったのだ。
「それとも、爺さんになる前にまた時は止まってくれる?」
青年は誰に言うでもなく呟いた。
青年は、ミルケラーファとかつて呼ばれた種の、最後の生き残りだった。物心ついたころには、自分のほかにミルケラーファは途絶えていた。だから自分の体の仕組みも、生命力もよくわからない。古い文献を読み漁ってなんとなく把握するくらいのことしかできない。
栄養がそんなに足りていないせいか、身長だけは伸びたがそれでも青年はまだ体の線が細かった。けれど、食べ物は共に連れている少女とも少年とも呼べない存在にきちんと与えなければならない。馬鹿げているとは思った。彼女の体はあくまで人間の体だ。どうせあと数十年もすれば勝手に老いて死んでいく。だから、今朽ちようが生きようが大差はないはずだった。それでも青年には、ショーネには、彼女の体を生かさないではいられなかった。彼女の中に宿っている魂はもうすでに他人のものだけれど、それでも捨てられなかった。
「服までずぶぬれじゃないか。さっさと頭くらい拭けよ。風邪引いたって知らないからな」
少女の声で乱暴な物言いが背中に浴びせかけられる。ショーネはのろのろと振り返った。いつになく動作にキレのないショーネの様子に、少女は顔をしかめる。
エゼルと名付けられたその少女は、少年のような雰囲気を携えている。それは仕方のないことだった。そして、だからこそ、ショーネは今目の前にいる存在と、【彼女】が全く別物だと実感できるのだ。ありがたいことだった。
「お前に指図される言われはないよ」
ショーネは獣のように頭を振り水滴を飛ばした。そのまま頭をガシガシと掻きながらけだるそうにテントの方へもどる。
そんな彼の後ろ姿を見ながら、エゼルは何とも言えない表情をした。
「置いていかないでくれよ」
「は?勝手についてくればいいことだろ」
「ちがうよ」
エゼルは頭を振る。
「先に大人になるなよ。僕は一人取り残されるのは嫌だよ」
「安心しろよ、僕がいなくなってもお前の嫁のやり手くらいどこでもあるよ」
ショーネはエゼルの姿をさっと見てから言い捨てた。
「あんたがよくないだろ」
エゼルは呆れたように言った。
「この体は借り物だよ。僕の体じゃない。そしてこの体はあんたのものだろ?」
「そんな約束あいつと交わした覚えはないよ」
呆れたようにショーネは言った。狼のような銀色の鋭い目がすっと細められる。
「でも同じことだろ?この体はいつか返すんだ。絶対に返すんだ。だから、その時まで僕も生きなくちゃいけないし、あんたにも生きてもらわなきゃ困る」
「ガキが生意気言ってんじゃねーよ」
心底厭そうにショーネは言った。
「人間一人が、この世の終わりの日まで生きれるわけないだろ。馬鹿か」
「じゃあこの世がすぐに消えるようにすればいい」
エゼルは大まじめだった。ショーネは呆れた。エゼルは人として長すぎるときを生きられなかったせいで、このあたりの倫理観がひどく欠落していた。
「そういうことじゃないだろ」
ショーネは心底疲れる心地だった。
「お前のためにあいつはお前と入れ替わってやったんだけど?大事にしろよ。せめてまっとうに生きてくれ。お前が人並みに幸せになるまでは俺が面倒くらい見てやるから」
「頼んでないよ」
エゼルはむっとした。その表情をショーネは凪いだ気持ちで眺めていた。中身が違うだけで、こうも別人に見える表情にただ感心させられる。
けれど今でも、その色違いの瞳を好きだと思った。外側がなくても、彼女を求める気持ちは変われないと思っている。けれど同時に、この顔が嫌いじゃないのだ。
そこでようやく、ショーネは自分が思った以上に【彼女】に想い入れていることに気付いた。舌打ちする。こんなはずじゃなかったのに。
髪を縛るのが嫌いで髪をいつも風になびかせていた彼女の体は、今はそのやわらかな薄茶の髪を後ろで一つに縛っている。印象が違って見えるのはそのせいでもあった。
エゼルを連れて歩きまわっているのは、きっと自分のわがままなのだとショーネは自覚している。ほんとうにエゼルを、【彼女】が願ったように人並みに終わらせてやりたいのなら、さっさとどこかに置いてくればいいだけの話だ。なのに手放す勇気はまだ出なかった。自分の体がどんどん変わっていく。大人のそれになっていく。きっと、だからこそ余計に不安なのだ。たとえそれが彼女自身ではないとしても、今この体さえ自分のもとから消えてしまったら、今度こそ耐えられない気がした。
思っていたよりもずっと、あの別れが自分に堪えていたのだ。
ショーネはぼんやりと朝焼けを眺めた。こんなにも終わりが怖いだなんて、知らなかった。
人の一生を考えたら、まだまだ先は長いのかもしれない。そもそも自分は、人という種よりもずっとずっと長く生きるミルケラーファだ。それでも、今まで、文献に残されているミルケラーファの寿命よりもはるかに長く生きてこられていたのは、自分の成長が子供のまま不自然に止まってしまっていたからだと思っていた。それがこの数年で、本来なら人よりも長い時をかけて大人へと変わっていくはずの体が、人と同じ速度で成長してしまっている。
堰き止められていた時が、今までの空白を埋めるかのように急激に進み始めている。
(また、会えるんだろうか。ほんとうに?)
ショーネはただどうしようもなくたたずんでいた。
(本当に、僕はあいつを待っていてやれるの?)
「君は僕を人だ人だと馬鹿の一つ覚えみたいに言うけれど」
エゼルの静かな声がショーネを引き戻す。
「君は大事なことを忘れているよ。僕はたしかにかつて人だったかもしれない。人になるはずのものだったかもしれない。けれど僕は人にはならなかった。なれなかった。僕は大樹だ。たとえこの体を得たって、それは変わらない。君が君の心のせいで時を止めて生きられていたというのなら、僕ができないなんて保証なんかどこにもない」
エゼルはまっすぐにショーネの瞳を見据える。
「僕は、僕を生かしてくれた君を、君たちを絶対に置いていかない。置いて行ったりしない。僕は生きて生きて生きて、絶対あいつらに仕返ししてやるんだ。勝手に僕を助けて、勝手に自分を贄にしたあいつらに、罰を与えてやるんだ。そうしないと気が済まない。だから僕はそれまで絶対に死なない!!そして君も絶対に死なない!!僕が死なせたくないと思っているから!!」
エゼルは滅茶苦茶な理屈を叫んだ。ショーネは真っ赤になったエゼルの表情を静かに眺めていた。ふと、その眼から一筋の涙が流れて、頬を伝った。エゼルは眼を見開いた。ショーネは気づいてはいなかった。ただ、エゼルの、否、レモの顔を見つめていた。
(僕に会いたいか、聞けばよかった。聞いておけばよかった)
ショーネは微かな声で心の中で呟いた。
ただ一つ後悔があるとするなら、それだけだった。あまりにも時は長すぎる。どんなふうに今まで時をやり過ごしてきたか、よく思い出せずにいる。




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