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自作小説「影絵」の原稿置き場です。 ※未熟ではありますが著作権を放棄しておりません。 著作権に関わる行為は固くお断り致します。 どうぞよろしくお願い致します。
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遠く離れた街サクスフィネにそびえる一本の木の洞の中で、一人の少年が長き眠りについていた。
ある日、その洞へと通じる禁断の扉を開いてしまった少女がいた。少女アピュリュテ―。
そしてその日、“彼”の存在は、消去される―。

世界の全ては彼に生まれ、彼に終わる。
彼の消滅から全ての歯車は狂い出した。

人々は彼―“創造主”ロゼルの消えた訳を、そして失われゆく世界を、必死で追い求める。

時同じくして、とある少女の腹に、小さな命が宿る。

そこに宿る命がすべての元凶だとは、誰もまだ気づけずにいた―。




こちらはオリジナル小説「影絵」の本文を保管するためのブログになります。
現在「Ourselves」という小説を連載しているので、こちらの更新は亀ペースになるかもしれませんが頑張ります。詳しくは横のバナーよりサイトでご確認ください。

ブログタイトルは「木からの呪縛」という意味ですが。これがキーワードになっていたりします。

続きに主要人物についての簡単な説明です。

それから以下の動画はこの物語のイメージの核になった曲です。


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【ある老婆から傷ついた少女への言葉】

女はみんな男にはちっとも敵いやしないんだよ。自分の身を守るったってたかが知れているねえ。
だから、わたしらは男を味方に付けなきゃあならないのさ。
大丈夫。あんたさんはまだ若い。いくらだってやり直せるさ。このしわくちゃの婆あが言うんだ、間違いないよ。あんたはまだこんなに綺麗だ。いくらでも男が寄ってくるだろうさ。本当にいい男を見つけるといい。守ってもらいな。そしてそのやっこさんとめんこい子供作るんだな。その子供を死ぬ気で守んな。子供を守るってことは、家族を守ることだ。あんたの愛する旦那を守ることだ。あんたの旦那が愛しているあんた自身を守るってことなんだよ。
今回のことは忘れちまいな。悪い夢だったのさ。狼に食われたようなもんさ。あんたは食われて、またもう一回生まれてきたんだよ。ここからやり直すのさ。大丈夫。女は思っているより強いんだ。わしを見てみな。こんな醜態晒してもまだぴんぴんして生きてるんだよ。どうだい、強いもんだろう?図太いもんだ。
そうだ、あんたさんに一つ、昔話をしてやろうかね。わしがまだめんこい頃に母親から聞いた話だよ。母親はそのまた母親から聞いたって言ってたっけねえ。
昔々、とある小さな森に囲まれた村に、それは愛らしい娘がいたんだよ。誰もに愛されて、誰より美しく育った。だがある時、娘は孕んだんだよ。嫁入り前だった。相手は誰かもわからない。その頃は酷いもんでねえ、そういう『汚れた娘』は勘当されて森に放り出されるのさ。獣の餌にでもなっちまえばいいんだって言ってね。獣同然の扱いを受けるんだよ。ああ、怖がるんじゃない。大昔の話さ。今は違う。あんたさんはなんにも汚れちゃあいない。
娘は森に放り出された。そして十数年の時が経った。誰もが娘のことを忘れていたある日、その娘は、捨てられた時と全く同じ少女の姿で、また村に戻ってきたんだ。娘は記憶を失っていた。そして娘の腹には、まるで嘘のように子供なんかもちろんいやしなかった。まるで神隠しのようだった。娘は虚ろに「神様が助けて下すった」と呟いただけ。

娘の髪には紫の花が挿してあった。村では見たことのない花だったから、後日男たちがその花を持って、森の中に入ってみたんだ。森の奥深く、男たちはようやく、それと同じ紫の大輪の花が咲き誇る場所に行き着いた。真ん中には太い立派な木があった。そしてそこに男たちは神さんを確かに見たんだよ。神さんは男の持っていた花を見て、例の娘の時間を巻き戻したのだとおっしゃったんだ。つまり、全部なかったことになってたってわけさ。娘は綺麗なまま戻ってきたんだ。以来、似たようなことがあっても、娘を森に捨てるような親はいなくなった。なぜだって?だってそりゃあ、罰当たりだろう。そんな慈悲深い神さんがいるっていうのに、とても恐ろしくて娘を捨て置くなんてできやしないねえ。
伝説だからね、本当に娘の時間が巻き戻ったのかなんてわかりゃしない。子供はどうなったのかなんて、真実は闇の中だよ。だけど娘はそれから幸せに暮らした。神様は見守って下すってる。娘は忘れちまったかもしれないけど、覚えている人間はいる。けれど娘は幸せになった。要はどう生きるかさ。お前さんだって捨てたもんじゃない。気を強く持つんだ。くじけたら、森の神さんに祈るといい。神さんはわしら女の味方なんだよ。

そうだ。間違っても死んじまおうなんて思うんじゃあない。婆あになってからでいいのさ。辛いときは神様に祈んな。わしもずっとそうしてきたさ。



序章へ

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影絵






神様


ねえ、神様?

神様は、本当に必要なの?こんな仕打ちで、本当に、『存在しなければ』いけないの?なんのために?

ねえ、答えてよ

答えてよ!!






序章


大地が揺れる。
一本の、樹齢何千年とも知れぬ大木の底から、世界が割れるような振動が生まれ、広がっていく。
既に首が痛くなるほどまで顔を上げなければ認めることのできなかった木の頂上は、信じ難い速さで更に空に突き上げて伸びていく。それを追いかける様に若い枝が空高く分岐していく。
まるで大きすぎる蚯蚓のように、土の床を突き破り、木の根はうねるように当たりを馬の走るより速く伸びて森の奥深くへと侵入していく。
テレザは呆然とするしかなかった。
まるで化け物のように伸びゆく木の根の先は、住み慣れた村へと向かっていると頭では分かるのに、恐怖すら湧いてこない。
テレザはただ、目の前で木の幹を、いや、木に宿る『創造主』と呼ばれる存在を気丈な眼差しで睨みつけている少女の背中を見つめるしか出来なかった。
大木とよく似た白灰がかった薄茶の髪が、振動に揺れる。
少女の見つめる先で無表情に宙に浮かぶ美しすぎる少年は、ただ両手を広げて空を仰いでいる。
その間、数分も経っていなかったのかもしれない。それでもテレザには、気が遠くなるほど長い時だったように思えた。
「さあ、出して」
テレザの目の前の少女は低く少年に言い放つ。少年はうつろな眼差し、焦点のあっていない目を少女に向けた。
青みがかった紫の瞳が、梢の影を反射している。
「さあ早く!!」
少女の強気すぎる物言いに、テレザはさすがに肝を冷やした。思わず少女の腕をつかむ。
「アピュリ、もうやめよう?取り返しがつかなくなるわ、ううん、もう取り返しなんてとっくにつかなくなっているのかもしれない・・・!」
「離して!!」
アピュリュテはひどく怒った様子でテレザの手を振り払った。振動にまかせてテレザは体制を崩し、尻餅を付く。
アピュリュテは少し心を痛めた様子だったが顔を反らした。
「わたしは諦めない・・・!誰かがやらなきゃならないことなの!!でなきゃ何も終わらない!!」
「終わらせてどうするのよ!?」
テレザも叫んだ。
「ねえ、だって、さっきと言ってることが違うじゃない、神様はなんにも、あんたの思ってるようなこと望んでなんかないわよ!」
「そんなことない」
アピュリュテの声は静かなのに、よく通った。アピュリュテは、少年を見上げる。
少年は虚ろな目でアピュリュテを見つめながら静かに泣いていた。瞬きもしないで。
アピュリュテはその眼をまっすぐに見据える。
テレザには入り込めない、強い絆がまるで存在するかのように、二人は見つめ合っていた。やがてアピュリュテは静かに言う。
「わたしは諦めない。何も捨てない。見捨てたりもしない。だから、ほら」
アピュリュテは静かに手を伸ばす。
「渡して。わたしに頂戴。絶対に、守るから」
少年もまた、静かに、ためらいがちに手を挙げる。
「わたし、悪者にだってなんだってなるから。だからわたしに頂戴。返して。ここに返して!」
瞬間、木の周りに群生していた紫の花たちが、一瞬で粉と化して、風に舞った。
少年は少しずつアピュリュテに手を伸ばす。やがてその爪と爪が触れるか触れないかまで近づいた頃、少年の薄橙の髪は、鮮やかな金色の髪に花開くように生まれ変わった。少年は瞼をとじる。その瞼の奥に輝いていた瞳は確かに、花が散った瞬間色を失ったようにテレザには思えた。アピュリュテは少年を抱きしめた。強く。まるで男が女を掻き抱くように強く抱きしめていた。
「あなた本当に女なの?私と同じ?」
テレザは思わず、ポツリとつぶやく。けれどその声は、突如森に響きわたった耳を潰すかのような甲高い悲鳴にかき消された。テレザは慌てて耳をふさいだ。
アピュリュテに抱きしめられた少年が、悲鳴を上げていた。
少年の体が、まるで古びた木のひび割れた皮のように、風に吹かれて剥がれ崩れていく。
腕は、もう人のものとは思えないほどに細くなっていた。まるで枯れ枝だ。それでもアピュリュテは彼の体を離そうとはしなかった。少年の崩れた体の破片は、やがてアピュリュテの皮膚にまとわりつき、侵食していった。まるで彼女の皮膚を、肉を食らうかのように。それは蛭のようで、アピュリュテの皮膚は赤と青のまだらに染まっていく。
「アピュリュテ!!逃げて!!逃げてよ!!」
「いや!!」
アピュリュテはかたくなに首を振った。少年の腕と同様に、アピュリュテの手足もまた醜くやせ細っていく。テレザは気が遠くなりそうだった。
「だから・・・だから言ったのよ!!神様になんか手を出しちゃいけないって!!!」
「そんなことない!!」
アピュリュテは、驚くほどの勢いで叫んだ。その瞬間、三人の後ろで、少年の眠りについていた大樹は、まるで砂山のように粉になって崩れていった。同時に地響きはやんで、代わりにありとあらゆる植物たちが、粉となって風に舞い、空の奥へと螺旋をなして消えていく。
テレザはそれを呆然と見つめたあと、はっとして二人に視線を戻す。彼らはすっかり砂の塊と化していた。テレザは悲鳴を上げそうになる。
【やはり、もう一人、依代が必要だったのか。】
瞬間、空から鉄琴のような声が降り注いで、テレザは震える体を抱えて空を仰いだ。空に吸い込まれたはずの緑の粉は、塊となってテレザの頭上に集まる。やがて火の光に照らされ輝くと、それは先刻までアピュリュテが抱きしめていた少年と瓜二つの姿となった。紫の瞳に、薄橙の柔らかな髪。テレザのそれと、同じ色の髪。
「あなた・・・」
怒りが湧いてきた。アピュリュテは全てを犠牲にしてまで少年を救おうとしたのに、どうして彼女だけが死んで、こいつだけは生き残っているのだろう。
けれど、少年は首を振った。
『私は“彼”ではない。彼は消えた。消滅した。私は彼が今まで育ててきた大地そのものだ。彼が消えた今、私もまもなく消えるだろう。この意味がわかるか?』
テレザはひゅうひゅうとざらついた音しか出さない喉元を抑えて、首を振った。
『世界は在りし姿に戻るだろう。全てが生まれる以前の姿だ。この世界は、“彼(ロゼル)”の存在によって成り立っていた。全ては砂塵と化すだろう。この二人のように。あの彼が愛した紫の花のように。水もない。色もない。命のない世界だ』
少年はそっとテレザの目元をぬぐった。少年の体は透けているのに、その指先はまるで人肌に触れた時のように、しっとりとして温かかった。
『救いたいか?世界を。いや・・・彼らを、救いたいか?お前にならできる。お前に、彼女のような覚悟があるのなら、だが』
少年の紫の瞳から、テレザは目を離せなかった。まるで魅入られてしまったかのようだ。テレザは怖かった。それでも、震えながら、小さく、頷く素振りをした。きちんと肯けなかったことが悔しくてたまらない。きっとアピュリュテだったら、迷わずに強く深く頷くのだ。
少年はまぶたを閉じてそっと両手でテレザの頬を包み、額を合わせた。
『お前が世界の母になれ。ただし何も言ってはいけない。お前はこれから嘘をつく。誰にも明かしてはいけない。二人が思い出すまで、嘘を貫き通さなければならない。お前は誰よりも悪人になるだろう。だが私が守ろう。お前を守ろう。だから耐えてくれ。私も彼を救いたい。助けてくれ』
少年は左手を離すと、今度はテレザの下腹にあてた。薄橙の鈍い光が灯る。
『二人の瞬間だけを、巻き戻す。さすれば彼らの消去はなかったことになる。彼らが今この時を繰り返すその時まで、お前が彼らの時を守れ。お前はこう言うのだ。“彼女”が“ロゼル”を消去してしまった、と。それだけでいい。同じ名前は付けるな。これは呪いであり、守護だ。決して二度と同じ存在を作ってはならない。作り替えなければならない。時が満ちたら、迎えに来る。私はそれまでまた芽を出しておこう』
少年が言葉を終えたと同時に、風がぴたりとやんだ。テレザはかすむ視界の中、少年に向かって手を伸ばした。けれど霞は濃くなり、やがて真っ白になった。下腹部に鈍い痛みを覚えて、テレザは気絶した。何事もなかったかのように、一筋の風がもう一度吹いて、テレザの額を撫でていった。




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第一章 方舟

一、

今日も温い風が頬を撫でていく。
眼下に広がる真っ青な海を、赤茶の大船が、ゆっくりと白い波を残して港へと泳いでいる。
「おや、ジュナ。そんなところに座っていたら危ないよ?」
通りすがりの小母達が、少年の背に声をかけた。
少年は振り返って、にっ、と笑う。
「大丈夫だよ、ほら、片足鉄柱に引っ掛けてるから」
少年は赤錆にまみれたはげかけた鉄の梯を指さした。狭い隙間に器用に左足を引っ掛けている。小母達は少し眉根を寄せて顔を見合わせた。
「ジュナ。やっぱり危ないと思うけどねえ。こういう鉄の棒を甘く見ちゃいけないんだよ。ふとした時に怪我して錆びが傷口に入ったりしたらどうするつもりだい」
「抜けなくなって足を切っちまわなきゃいけなかった子だって過去にいるんだよ」
少年は肩をすくめた。
「もう・・・怖いこと言わないでよおばちゃん」
少年はびくびくした様子でそっと足を引き抜く。
「でもさあ、こうしとかないとたまに馬鹿がおれの背中押してくるんだもん。この間本気で海に落っこちるとこだったんだから」
「そもそもそんなところに登らなきゃいいと思うけれどねえ」
小母の一人が苦笑した。
「ほら、買いたてのパンをあげるよ。降りてきなさい」
「ほんと?わぁやった!おれちょっと小腹すいてたの」
「仕方のない子だねえ」
小母達はくすくすと笑う。
「いっぱい買ったからね、好きなだけもらって行きなさい」
「じゃあ・・・これだけ」
少年は固めのパンを二つもらう。
「あんたんとこは三人家族だろ」
「いいんだ。おれとレモは半分ずつ食べるから。ありがとおばちゃん!」
少年はにっ、と笑って、建物の間の細道をかけ登っていく。
残された叔母たちはくすくすと笑った。
階段を上り終わると、そこには広場が広がっている。
この狭い半島で土地を広げるために、ここクロワシュには階段が張り巡らされ、広い敷地は高地にあった。
この広場から街を見下ろすと、とても綺麗な長めだ。
橙色の瓦が敷き詰められた三角屋根が、真っ青な海によく映える。
防壁は白い石を積み上げて作られていて、陽の光を反射し目に眩しい。
少年はきょろきょろと屋根を見渡した。一つの屋根の上で座っている小さな人影を発見する。
「今日はあそこか」
少年は楽しげにつぶやいてもう一度、反対側の階段を駆け降りた。
「レモ!!レモレモ!!降りてきて!!」
2番街のとある煙突屋根に座る少女に、少年は手を大きく降った。少女は身を乗り出す。顔が逆光でよく見えない。少年は目元に手を当て影を作った。
「なあに?」
「パンもらったよ、ジョーンズさんちのおばちゃんに」
少女はむっ、とした。
「返してきなさい」
「なんでぇ」
「あのねえ、家は施しもらうほど貧乏じゃないでしょう?」
「でもせっかく好意でくれたんだよ?今更突き返せないよ。却って心証悪くするってば。後で別の形でお礼すればいいことだろ?」
「もう・・・たしかにそれも一理あるけど・・・」
少女は嘆息して、ふわり、と身軽に屋根から飛び降りた。少年もまたその体をふわりと受け止める。
「ありがと」
「どうも」
「て、あ!ジュナったらもう!!早速食べてるじゃない!行儀悪いなぁもう・・・」
「だって腹減ってたんだもん。いいじゃん。おれ成長期」
「もう・・・お母さんに怒られてもかばってなんかあげない!」
「えー・・・でもさ、人様の家の屋根に登ってるレモだって結構図々しいよね」
「わたしはちゃんと仕事してるもん!」
「変わってるよね、屋根登りたいからって、普通煙突掃除なんかする?だからうちが貧乏だって思われるんだよ」
「そのお駄賃でいつもジュナにおやつ買ってあげてるでしょ?もう・・・知らないわよ、あとで絶対肥満体になるんだから・・・!」
少年はくすり、と笑った。
「食べない自分よりおれの方が痩せてるのがそんなに不満?」
「不満に決まってるわ!!」
「はいはい」
少年のくすくす笑いに合わせて、その蜂蜜色の柔らかい髪がふわふわと跳ねる。
少女はそれを見ているうちに、なんだかどうでもよくなってきたのを感じた。
なんだかんだで自分は弟に甘い姉なのである。
少年は少女の左手を手にとって、まじまじと見つめた。少しだけ顔をしかめる。
「こんな・・・爪まで真っ黒けになってさ。女の子がこんなことしなくてもいいのにさ」
「いいの。洗えば取れるもん。わたしは生活力を持った乙女になるの!」
「片付けもまともにできないくせに何言ってるんだか」
「うるさいわよ、聞こえてるんだから」
「はいはい」
少年は、くすくすと笑いながら、その手に自分の指を絡ませた。
今日も二人は仲良く家路につく。

「それでね、ジュナがまた他人様に迷惑かけてるの」
「だからぁ・・・くれるって言われたから素直に貰ったんだってば。断るとかえって悪いでしょ?あの手の話は、断っても『いいからいいから』って絶対になるんだから。レモは考えすぎだよ。ったく・・・変に大人びちゃってさ」
「ほんとはもうがきんちょじゃないくせに子供ぶってるジュナの方があれよ、ちょっとどうかと思うわよ」
「はいはい、そこまでね」
二人の母―テレザは苦笑しながら二人にスープを装った。
「お母さんからも何か言ってやってよ!!」
レモが膨れると、テレザはくすくすと笑った。この辺の受け流し方が本当にジュナそっくりである。
「まあ、いいじゃない。二人を足して二で割ったら丁度いいわよ。助かるわぁお母さん・・・!あれこれ言わなくても二人でなんとかしてくれるんだもの」
「もう!お母さんまで!」
「ジョーンズさんのお家には今度パイを焼いて届けるわ。持ちつ持たれつよ。あんたたちは、人からしてもらった親切をちゃんとお母さんに隠さずに話すこと。それだけ守ってくれればお母さん心配ないわ。あとはお母さんの仕事。大人の仕事よ」
テレザはにっこりと笑った。
「むう」
「食わないならおれ食っていい?」
「食べるもん!」
レモはむっとしてパンをちぎると口に放り込んだ。
広場の大鐘が鳴る。
三人は、はっ、として手を止め、耳を澄ませた。
先刻までがやがやと活気づいていた外の街中も、しん、と静まり返る。
10回目の鐘の後、柱に据え付けられたラヂオから、雑音と共に人の声が響いた。
『クロレス国全国民に告げる』
それは嗄れた男の声だ。
『本日午前13時8分、東端バルシュの地に敵軍侵攻開始。直ちに臨戦態勢をとるべし』
『繰り返す。バルシュにフェイ国軍の侵攻確認。全国民は直ちに体制を整えよ』
「来たわね」
テレザが静かに呟いた。
「防空壕へ逃げましょう。レモ、荷物を取っていらっしゃい」
「はい。ほら、ジュナ!」
レモは、青ざめた顔のジュナの背中を叩いた。ジュナは小刻みに震えている。
本当は、レモだって、ジュナをあんな暗いところへ行かせたくなかった。けれど仕方のないことなのだ。レモはジュナの手をそっと握った。ジュナは力なくその手を握り返した。
3人が手早く身支度を整えていると、遠慮がちにドアが叩かれた。テレザはドアの傍らのノブを下げて、レンズをのぞき込む。やがて錠前を外した。
素早くレモより明るい薄茶の髪をした、眼鏡の青年が入ってくる。
「ヒュベル・ピヴレ、ヘイニ。どうしたの?」
「ヒュ、ヒュベル、ピヴレ」
ヘイニ、と呼ばれた少年は腰を折って胸の辺りを苦しげにつかんでいる。
「ヘイニ!どうしたの?息切らして」
レモは青年―ヘイニ=アグネタ=ヒュモレの背中をさすってやる。
ヘイニはふう、と息を整えると肩にかけた蔓編みの鞄から薄青のレンズの入った眼鏡を取り出した。
「これ、ジュナに必要かと思って。ごめん、完成までに時間がかかってさ」
「何・・・これ」
ジュナはおそるおそるそれを受け取る。
「君閉所恐怖症、狭所恐怖症だろ?避難所生活はきついんじゃないかと思って作ってたんだ。勘違いすんなよ。ただの実験材料だからな。成功したら売れると思って。同じような症状持ってる人はこの国にも沢山いるし」
「これ・・・かけるだけでいいの?」
「それかけとけば別の景色が見えるようになってる。多分、気休めだとは思うけど、少しは違うと思うから」
「ヘイニ・・・あなた天才!!」
胸がいっぱいになって、思わずレモはヘイニに抱きついた。
「ちょっと!!」
ヘイニは不機嫌そうな声を出す。けれどその薄赤茶の瞳は明らかに動揺している。
「ごめんごめん。レモも喜んでるんだよ。こいつ感極まると抱きつくくせあるし。ありがとう、ヘイニ」
「結果を報告しろ。それだけが条件だ。無償で試作品を貸してやるんだからありがたく思えよ」
「うん、ほんと」
「ありがとう、ヘイニ」
テレザが微笑むと、ヘイニは顔を真っ赤にした。
「べ、別に・・・何度も言いますがこれは俺の研究のついでなだけですので。じゃ、俺はこれで。師匠んちにいかないと。あの人耳遠いから絶対放送聞こえてないと思うし」
「気を付けてね!」
レモは最後にぎゅう、とヘイニを抱きしめた。ヘイニは苦笑してレモの頭を撫でる。
「じゃあ、ナケミィナ」
ヘイニは再び帽子を深くかぶって素早く扉を締め出て行った。
ジュナは眼鏡をぎゅっ、と握りしめる。
レモはほっとしていた。ジュナは物心ついた頃からずっと、沢山の精神的な恐怖を抱えている。それがなぜかはレモにもわからなかった。テレザは何か思い当たる節があるようだったが、きちんと話してはくれなかった。
まず、狭い空間がだめだ。それから、蔓をイメージした模様や、虫の類もだめだった。
不規則に並んでいるものを見ても過呼吸を起こした。
昔と比べたらずいぶんと克服した方だとは思う。レモが散らかし魔なせいと、テレザが何かの嫌がらせのようにジュナに唐草模様の刺繍をするよう強要し続けたため、いくらか耐性が付いてきていた。閉所への恐怖も、ある程度の広さがあれば耐えられるようになってはいる。けれど、戦争が各国で広がっている今、ジュナのこういった体質はひどく懸念材料だった。避難所はジュナの怖がるもので溢れている。
それに、あと数年もすればジュナは兵役を課される。軍兵教習所での生活に、ジュナが耐えられるとはどうしても思えなかった。レモは胸の前で両手を握り締めた。今もジュナの額や首筋には汗が滲んでいる。テレザが気づいているのかはわからない。気づいていると思いたい。ジュナはいつもどおり、テレザを元気づけようと笑っている。朗らかに荷物をまとめている。けれど、ジュナが今、体が震え出すのを必死で堪えているのが、双子である自分には自分の体のことのように痺れとして伝わってくる。
(ここは、この国はジュナにとってはとてもいい国だったわ。広くて、おおらかで、遮るものが何もない。)
レモは手をせかせかと動かしながら逡巡した。
(だけど、戦争が始まってしまうのなら、この国はジュナには辛すぎる。)
『この国は、いや、この世界全体がさ、いずれ遠からず、消えてなくなるだろうと言われているよ』
頭の中で、数か月前にヘイニが零した言葉が蘇った。
『そういう運命にある。だからどうあがいたって仕方のないことなんだけどね。けれどそれでも人っていうのは足掻かずにはいられない生物らしい。きっと何処かには助かる土地が、道があるはずだ、と言って、領土をここぞとばかりに広げようとしている帝国軍がいる。運命どうこうより、戦争で世界が滅びる日も近いかもしれないね。だけどどうすることもできないよ。ヤファラーシャのポーフェルへの宣戦布告を皮切りに、世界中に戦争が大流行りしているみたいで気味が悪い』
「お母さん」
レモの静かな声に、テレザは手をしばし休めて顔を上げた。
「何?」
「お母さん、ごめんね、先に謝っておきたいの」
テレザは不安げに眉をひそめた。
レモは微笑んだ。
「わたしきっと、お母さんとジュナのどちらかしか選べないなら、きっと・・・迷わずジュナを選ぶと思うの」
テレザは何も言わない。
その薄茶の瞳で、静かにレモを見つめている。
「どちらも守れるならかっこいいと思う。本当はそう言いたい。だけど、わたしの片割れだから。ジュナはわたしのただ一人の兄弟だから。ごめんね」
テレザは困ったように微笑んだ。
「この子は酷いことを言うのね。しかもこんな時に」
テレザはそう言って、急に吹っ切れたようにくすくすと笑った。
「それが正しいあり方よ、貴方達の、ね。本来の姿だわ、貴方の」
「お母さん・・・?」
「勝手になさい」
テレザは柔らかく笑った。そうしてレモに背を向けると、台所の下の棚を開いて食料をいくつか袋に詰める。
「そんな台詞はジュナだったらとてもじゃないけど出てこないわね」
くすり、と笑った。
「貴方が誇らしいわ。私なんかが母親なんて荷が重すぎると思っていたけれど・・・ちゃんと育ってくれてよかった」
「お母さん、ごめんね」
きっとテレザは責めていない。心からの言葉だと、レモにもわかった。
けれど、とても胸が痛い。
先に矢を突き立てたのは自分なのだから、甘んじなければいけないとも理解できた。
それでも、体がひどく軋んだ。
「謝る必要ないわ。だって私は、そういう貴方【達】が大好きだったんだもの、昔も、・・・今も」
(達?)
レモは母を静かに見つめたが、もうそれ以上テレザは何も言わなかった。
ただその口元が、静かに誰か知らない名前を呟いたように思えた。

ア、ピュ、リュ、テ。





ニ、へ続く

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二、

それはまた別の時間の物語。閑話。

数年前と比べれば、驚くほど体つきが大人に近づいた青年は、川の水で頭ごと乱暴に洗う。髪の毛から滴る冷たい水を気にも留めず、青年は揺れる水面に映る自分の姿をじっと睨みつけた。
成長が止まっていたはずの自分の体は、確実に少しずつ、止まった時を取り戻すかのように今更人並みの時間を歩み始めていた。そしてそれは、青年にとってはとても残酷なことだった。
自分は老いることはない。時が動き出すことはない。だからこそ待てると思ったのだ。彼女を待っていてやれると信じられた。だからあの時、別れの言葉を告げないで済んだ。もしいつか、先に自分が逝くならば、それでもあの時別れを告げなくてよかったと思えるのだろうか。
わかっている。大嫌いだった。いけすかなかった。それなのにいつしか心が惹かれるようになって、そうして自分の時間は動き出してしまったのだ。
「それとも、爺さんになる前にまた時は止まってくれる?」
青年は誰に言うでもなく呟いた。
青年は、ミルケラーファとかつて呼ばれた種の、最後の生き残りだった。物心ついたころには、自分のほかにミルケラーファは途絶えていた。だから自分の体の仕組みも、生命力もよくわからない。古い文献を読み漁ってなんとなく把握するくらいのことしかできない。
栄養がそんなに足りていないせいか、身長だけは伸びたがそれでも青年はまだ体の線が細かった。けれど、食べ物は共に連れている少女とも少年とも呼べない存在にきちんと与えなければならない。馬鹿げているとは思った。彼女の体はあくまで人間の体だ。どうせあと数十年もすれば勝手に老いて死んでいく。だから、今朽ちようが生きようが大差はないはずだった。それでも青年には、ショーネには、彼女の体を生かさないではいられなかった。彼女の中に宿っている魂はもうすでに他人のものだけれど、それでも捨てられなかった。
「服までずぶぬれじゃないか。さっさと頭くらい拭けよ。風邪引いたって知らないからな」
少女の声で乱暴な物言いが背中に浴びせかけられる。ショーネはのろのろと振り返った。いつになく動作にキレのないショーネの様子に、少女は顔をしかめる。
エゼルと名付けられたその少女は、少年のような雰囲気を携えている。それは仕方のないことだった。そして、だからこそ、ショーネは今目の前にいる存在と、【彼女】が全く別物だと実感できるのだ。ありがたいことだった。
「お前に指図される言われはないよ」
ショーネは獣のように頭を振り水滴を飛ばした。そのまま頭をガシガシと掻きながらけだるそうにテントの方へもどる。
そんな彼の後ろ姿を見ながら、エゼルは何とも言えない表情をした。
「置いていかないでくれよ」
「は?勝手についてくればいいことだろ」
「ちがうよ」
エゼルは頭を振る。
「先に大人になるなよ。僕は一人取り残されるのは嫌だよ」
「安心しろよ、僕がいなくなってもお前の嫁のやり手くらいどこでもあるよ」
ショーネはエゼルの姿をさっと見てから言い捨てた。
「あんたがよくないだろ」
エゼルは呆れたように言った。
「この体は借り物だよ。僕の体じゃない。そしてこの体はあんたのものだろ?」
「そんな約束あいつと交わした覚えはないよ」
呆れたようにショーネは言った。狼のような銀色の鋭い目がすっと細められる。
「でも同じことだろ?この体はいつか返すんだ。絶対に返すんだ。だから、その時まで僕も生きなくちゃいけないし、あんたにも生きてもらわなきゃ困る」
「ガキが生意気言ってんじゃねーよ」
心底厭そうにショーネは言った。
「人間一人が、この世の終わりの日まで生きれるわけないだろ。馬鹿か」
「じゃあこの世がすぐに消えるようにすればいい」
エゼルは大まじめだった。ショーネは呆れた。エゼルは人として長すぎるときを生きられなかったせいで、このあたりの倫理観がひどく欠落していた。
「そういうことじゃないだろ」
ショーネは心底疲れる心地だった。
「お前のためにあいつはお前と入れ替わってやったんだけど?大事にしろよ。せめてまっとうに生きてくれ。お前が人並みに幸せになるまでは俺が面倒くらい見てやるから」
「頼んでないよ」
エゼルはむっとした。その表情をショーネは凪いだ気持ちで眺めていた。中身が違うだけで、こうも別人に見える表情にただ感心させられる。
けれど今でも、その色違いの瞳を好きだと思った。外側がなくても、彼女を求める気持ちは変われないと思っている。けれど同時に、この顔が嫌いじゃないのだ。
そこでようやく、ショーネは自分が思った以上に【彼女】に想い入れていることに気付いた。舌打ちする。こんなはずじゃなかったのに。
髪を縛るのが嫌いで髪をいつも風になびかせていた彼女の体は、今はそのやわらかな薄茶の髪を後ろで一つに縛っている。印象が違って見えるのはそのせいでもあった。
エゼルを連れて歩きまわっているのは、きっと自分のわがままなのだとショーネは自覚している。ほんとうにエゼルを、【彼女】が願ったように人並みに終わらせてやりたいのなら、さっさとどこかに置いてくればいいだけの話だ。なのに手放す勇気はまだ出なかった。自分の体がどんどん変わっていく。大人のそれになっていく。きっと、だからこそ余計に不安なのだ。たとえそれが彼女自身ではないとしても、今この体さえ自分のもとから消えてしまったら、今度こそ耐えられない気がした。
思っていたよりもずっと、あの別れが自分に堪えていたのだ。
ショーネはぼんやりと朝焼けを眺めた。こんなにも終わりが怖いだなんて、知らなかった。
人の一生を考えたら、まだまだ先は長いのかもしれない。そもそも自分は、人という種よりもずっとずっと長く生きるミルケラーファだ。それでも、今まで、文献に残されているミルケラーファの寿命よりもはるかに長く生きてこられていたのは、自分の成長が子供のまま不自然に止まってしまっていたからだと思っていた。それがこの数年で、本来なら人よりも長い時をかけて大人へと変わっていくはずの体が、人と同じ速度で成長してしまっている。
堰き止められていた時が、今までの空白を埋めるかのように急激に進み始めている。
(また、会えるんだろうか。ほんとうに?)
ショーネはただどうしようもなくたたずんでいた。
(本当に、僕はあいつを待っていてやれるの?)
「君は僕を人だ人だと馬鹿の一つ覚えみたいに言うけれど」
エゼルの静かな声がショーネを引き戻す。
「君は大事なことを忘れているよ。僕はたしかにかつて人だったかもしれない。人になるはずのものだったかもしれない。けれど僕は人にはならなかった。なれなかった。僕は大樹だ。たとえこの体を得たって、それは変わらない。君が君の心のせいで時を止めて生きられていたというのなら、僕ができないなんて保証なんかどこにもない」
エゼルはまっすぐにショーネの瞳を見据える。
「僕は、僕を生かしてくれた君を、君たちを絶対に置いていかない。置いて行ったりしない。僕は生きて生きて生きて、絶対あいつらに仕返ししてやるんだ。勝手に僕を助けて、勝手に自分を贄にしたあいつらに、罰を与えてやるんだ。そうしないと気が済まない。だから僕はそれまで絶対に死なない!!そして君も絶対に死なない!!僕が死なせたくないと思っているから!!」
エゼルは滅茶苦茶な理屈を叫んだ。ショーネは真っ赤になったエゼルの表情を静かに眺めていた。ふと、その眼から一筋の涙が流れて、頬を伝った。エゼルは眼を見開いた。ショーネは気づいてはいなかった。ただ、エゼルの、否、レモの顔を見つめていた。
(僕に会いたいか、聞けばよかった。聞いておけばよかった)
ショーネは微かな声で心の中で呟いた。
ただ一つ後悔があるとするなら、それだけだった。あまりにも時は長すぎる。どんなふうに今まで時をやり過ごしてきたか、よく思い出せずにいる。




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